個々の曲へのメモ by 濱瀬元彦

1. Invissible city
サンプリングCDから採取したチープな音色のドラムパターンと波形シーケンスがつくる不定形でグロテスクな低音のパターンをベースに架空の近未来都市におけるポップス,ジャズのイメージを作品化してみた.私のベースソロは入っていない.

2. Technodrome
波形シーケンスによるベースパターンとスネア・ドラムと無数のクラップが作る反復が基本構造である.低音域の従来には存在しない形式が作れていると思う.私はフレット付きのベースにディストーションをかけてソロをとっている.ソロは物語の語り手ではなく反復するリズム(物語そのもの)に色彩を与える役割として参加している.

3. Imagery
波形シーケンスが4つ重畳されわずかにディストーション・ギターを連想させるパターンを作っている.それに鋭いリズム的アタックとノイズのコラージュが曲の骨子である.私のソロはこの作品集のなかではもっとも明瞭にトーナリティーを出している.ただしわたしの理解している新しい調性のシステムに基づいて,である.このベースの音色をこもっていると思う人もいるかもしれないが私はこの音色が気に入っていて,わざわざ十ヵ月もはった弦を使っている.Imageryはイメージの集合体をさす.

4. opaque
都市の極度の高度化が同時に極度に退化したイメージをつくるとすればこの音響のようなイメージではないだろうか.ベース・ソロは饒舌に演奏されるが曲のメインのイメージの下をくぐって意識の存在を感じさせるだけである.opaqueとは不透明体を意味する.

5. End of legal fiction
実はこの作品集のなかで最初に完成した曲であり,この曲によって全作品の方向は決定されたといっていい.ジャズに関与している人々はこの曲と私のインプロヴィゼーションをどう聴くのだろうか?End of legal fiction(擬制の終焉)はまだジャズの神話を信じている人々に送る私のメッセージである.若い人はハードロックを聴くようにこの音楽を聴きながら高速道路をぶっ飛ばして欲しい.

6. Chirico
画家キリコの作品のあの空間を連想するのでキリコと名付けた.感覚の鋭い人はこれをハウス・ミュージックとして聴いてくれると思う.

7. Moriana
サンプリングCDデータに入っていたログドラムのパターンがあまり素晴らしいのでそれをループさせてそのうえに作曲した.雲のような霧のようなサウンドが定期的に繰り返す合間をぬってベース・ソロが展開される.ソロは比較的安定したトーナリティーを提示するがスピーディーに反復される風景にさまさまな心理的な投影を与えるものとして聴いてくれればいいと思う.Morianaはイタロ・カルヴィーノ『見えない都市』に描かれた架空の都市である.「都市は次から次へと遠近法にかなって映像を増殖させ,広がっていくように見える.ところが,実はMorianaには厚みがなく,一枚の紙のごとく表と裏の二面のみが存在し,しかもこの紙の両面にかかれた像が離れることも相まみえることもないのである.」(高橋康也訳 架空地名大辞典より)

8.Lattice for saxophone quartet
 1988年に作曲されHarmo Saxophone quartetのリーダー中村均一氏に委嘱されサックス・カルテット用に1990年に編曲した.1991年3月8日に上野石橋メモリアル・ホールで行なわれた第四回 Harmo Saxophone quartet *の定期リサイタルで初演された.本作品集に収めた演奏はそのときのライブ録音である.この曲を最後にもってくると『テクノドローム』の曲構成がなかなかよく納まると感じられたので収録することにした.
 演奏者は中村均一(ss),遠藤朱実(as),岩本伸一(ts),栃尾克樹(bs)である.この日のコンサートは「音楽の友」誌の91年ベスト・コンサートのひとつとして挙げられた.この日のプログラムに私は以下のような文章を寄せた.以下そのまま引用する.

作品ラティスについて
 「ラティス」は最初,ピアノ,打楽器のために書かれた.初演は1988年に山口恭範(打楽器),柴野さつき(ピアノ)と濱瀬元彦(ベース)によって行なわれたがソロアルバムには収録されていない.私としては初めて意識的に複調(Poly Tonality)を用いた作品である.小さなフレーズが反復され,均質なリズムのなかで微変化を重ねていくが,短9度が打楽器的な効果を出しているように思う.格子模様のある半透明な板を重ねて少しずつずらせていくような視覚的なイメージを感じることから「ラティス」(格子)と名付けてみた.
 今回,サクソフォーン・カルテットのためにアレンジしなおしたが,5線紙に音符を書いただけで表情や,強弱,音色については何も指定していない.実際の演奏に関する解釈はすべてアルモ・サクソフォーン・クァルテットの業績である.

*Harmo Saxophone quartetの演奏は作品集"The Days of Quartet"/『四重奏の日々』(オレンジ・ノート・プロダクション CD.ON2003, 問い合わせFax.045-562-8158)で聴くことができる.